一昨日は牡牛座満月、しかもスーパームーンだったそうで。
わたしの誕生星座は牡牛座なので、なんだかとっても親近感。
そんな程度しか情報に触れたときに浮かんでこないくらい、天体図にも占い関係には特に明るくないわたし。
過去何度かあったスーパームーンのときも特に興味も示さず。
今回は当日知りました(笑)
そんななのに今回はなぜか「天体図」の示す深いメッセージに何度も”当たる”ことに。
「星」とは無関係にふとした場面で同じ言葉をかけられるという面白い現象もありました。
メッセージは
じぶんのいまあるままをまずじぶんで認めよう。そしてそれを発揮しなさい
というもの。
ついでになぜか突然
あれもこれもいらないや
って「手放す」?感覚に突然なったりも。
理想の旦那さん像とか理想の態度とか人格とかを求めること
いちいち”不足感”にかられる心のクセといちいち”劣等感”を感じる心のクセ
それを避けよう、なくそうと思う気持ち
とかとか。
ずっと理想と違う反応とか結果に出くわしたとき、すごくイライラしてたようなことたち全部。
義母に預けていたチビを迎えに行く道を歩きながら、突然そんな気持ちが降りてきて胸のつかえが取れたみたいにすっきりした気分なりました。
いずれも
いまここに「ない」ものたちだと信じ続けている
から起こってることたち。
そして
「そのものあるがまま」の多面性の全ての面をちゃんと受け入れてない
から生じる渇望でもあって。
それって理想を叶えることよりも、やってくる物事や相手のあり方を「コントロールする」ことにフォーカスを置いていることになる。
受け取りたいものの裏にあるもの
獲得したい結果と同時に存在するもの
欲しい態度をくれる人が内包している欲しくない反応の種
そんなのいらないから、"その"一面だけが欲しい
と。
最近腸が張るな〜と不調を感じていた時期があったんだけど、これに気づかぬうちにハマっていたんだな〜という気づきにもなり…。
相手本位
結果本位。
またじぶんが消えてたなあ、と。
面白いのはそんな「気づき」が降りてきたのは、そんな意味合いを持った天体の配置だったんなんて全く気づいてなかったときだということ。
純粋に「じぶん」を生きれるようになってくると、全く意識していなくても人生の選択とあらゆる占いとかスピリチュアルの最良のタイミングはなぜか必ず一致すると言います。
いまだにこんなに呪縛があるよ…
と、全然純粋に生きれてないじぶんに気がついて呆然とするけれど、それでもそのことに対して無意識状態ではなく意識できてるっていうだけでもいいってことなのかも。
てことは純粋に自分を生きることはで自分が直接どこかで壮大な宇宙のリズムとつながってるのを自覚できるようになるってことになる。
と、思うと、ますますじぶんのエネルギーの使い方や発揮の仕方には気を遣っていかなければいけないなという気持ちになります。
まだまだニュートラルには程遠いけど、しつこく取り組んでいれば表面的じゃない変容を
気がついたら得られてた
って自覚できたのがうれしい満月の夜でした。
アシスタントの頃のテストシュートのいちまい。
星ふるようなファンタジーの夢の中へふわっと浮かんじゃう。 そんなイメージ、だったような。
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